福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)2460号 判決 1983年3月25日
原告
平野静子
被告
永田秀
ほか一名
主文
一 被告永田秀は原告に対し、一六八万三六二〇円及びうち一五三万三六二〇円に対する昭和五六年一〇月三日から、うち一五万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告高木運輸株式会社に対する請求及び被告永田秀に対するその余の請求を、いずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告永田秀との間に生じたものはこれを五分し、その三を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告高木運輸株式会社との間に生じたものは、原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは原告に対し、各自四四二万四五一五円及びこれに対する昭和五六年一〇月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
発生日時 昭和五三年九月二九日午前五時四五分ころ
発生地 福岡県粕屋郡宇美町大字宇美三七五六番地先路上
事故車 被告永田運転の普通乗用自動車
事故の態様 道路右側を歩行中の原告に前方から進行して来た事故車が衝突した。
2 受傷
原告は、本件事故により、頭部挫創・打撲、左膝蓋部・大腿・左肩胛部打撲の傷害を受けた。
3 責任原因
(一) 被告永田
事故車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告会社
(1) 被告会社は、被告永田の入社の際、同被告との間で、通、退勤途上発生した事故については、被告会社がその被害者に対して賠償金を支払う旨の第三者のためにする契約をした。本件事故は、被告永田の出勤途上に発生したものであるところ、原告は、本訴により受益の意思表示をしたので、被告会社に対し、右第三者のためにする契約に基づく損害賠償請求権を取得した。
(2) 仮に、右が認められないとしても、被告会社の代理人訴外高木英葵(被告会社の取締役でかつ被告会社代表者の息子)と原告との間で、事故発生当日入院先の広瀬外科病院で、被告会社が本件事故による損害賠償金を支払う旨の約がなされた。したがつて、被告会社は、右約に基づく損害賠償責任がある。
4 損害
原告は、本件事故により、次のとおり合計七四三万六五六九円の損害を受けた。
(一) 治療費 一三七万四五九〇円
原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和五三年九月二九日から同年一二月六日まで六九日間広瀬外科病院に入院し、同月八日同病院に通院のうえ、同月九日から久恒外科病院に、昭和五六年八月から八尋整形外科病院に通院している。右治療費として、広瀬整形外科病院分一三一万四五九〇円、久恒外科病院分六万円を要した(昭和五四年八月以降は医療保護を受給)。
(二) 付添費 九万九六三〇円
(三) 入院雑費 四万八三〇〇円
前記入院期間中の雑費として、一日当り七〇〇円の割合で請求。
(四) 休業損害 四七一万四〇四九円
原告は、本件事故当時飲食店に勤務し、昭和五三年一月から九月までの収入は八〇万〇四九九円であつた。右収入を基礎として事故発生後昭和五八年一月まで四年五か月間の休業損害を算出。
(五) 慰藉料 一二〇万円
5 損害の填補
原告は、自賠責保険から一二〇万円、被告会社から七〇万円(内訳昭和五三年一二月三〇万円、昭和五四年二月から五月まで毎月各一〇万円宛)の支払を受けたので、前項の損害額から右填補額を差引くと、損害残額は五五三万六五六九円となる。
6 弁護士費用 四〇万円
7 よつて、原告は被告ら各自に対し、右損害賠償金五九三万六五六九円のうち四四二万円及びこれに対する訴状送達の翌日の昭和五六年一〇月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁
(被告永田)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3(一)の事実は認める。
4 同4の事実のうち、原告が本件事故による傷害の治療のため広瀬外科病院に入院したことは認めるが、その余の事実は争う。
(被告会社)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3(二)の事実はいずれも否認する。事故車は、被告永田の個人所有で、同被告が通勤にのみ使用していたものであり、かつ、本件事故は同被告の通勤時に発生したものであるから、被告会社には、本件事故の賠償責任はない。
第三証拠関係〔略〕
理由
第一被告永田に対する請求について
一 請求原因1、2及び3(一)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告の損害につき検討する。
1 治療費
弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一、二、同第四、第五号証、及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和五三年九月二九日から同年一二月七日まで六九日間広瀬外科病院に入院し、同月八日同病院で、その後久恒外科病院で通院治療を受けたが、右治療費として広瀬外科分一三一万四五九〇円、久恒分五万八〇〇〇円、以上合計一三七万二五九〇円を要したことが認められ、これに反する証拠はない。
2 付添費
原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記広瀬外科入院中、一〇数日間付添看護を要し、付添人に対し、その費用として九万九六三〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。
3 入院雑費
原告の前記広瀬外科入院期間中(六九日)の日用雑貨購入費、その他の雑費としては、一日当り六〇〇円の割合で算定した四万一四〇〇円を要したものと認めるのが相当である。
4 休業損害
弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故当時「かじ飲食店」に勤務し一か月八万円の給与を得ていたことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告は、腰痛等のため本件事故後現在に至るまで就労せず、現在も通院治療中であり、昭和五四年七月以降は生活保護の受給により生計を維持していることが認められる。しかし、原告が入院治療を受けたのは広瀬外科における六九日のみであり、その後の通院治療は、主として機能回復のためのものであつたと推測されること、及び原告が通院治療を受けるようになつて以降の原告の稼働能力の障害の程度を証する証拠もないことなどに照らして考えると、機能回復のために要する期間を退院後半年余とみて(特に受傷部位が足も含まれているので)、本件事故と相当因果関係のある休業期間は、事故発生時から九か月と認めるのが相当である。そこで、前記収入を基に原告の休業による損害を算定すると、七二万円と認められる。
5 慰藉料
本件負傷による入、通院治療の期間、前項判示の事情、その他本件証拠により認められる諸般の事情を斟酌し、原告の精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、一二〇万円が相当と認められる。
以上1ないし5の損害の合計は、三四三万三六二〇円となり、右金額から原告が自賠責保険及び被告会社から損害の填補として支払を受けたと自認する一九〇万円を差引くと、残額は一五三万三六二〇円となる。
三 原告の右損害賠償債権からすると、本件訴訟の委任による弁護士費用は、一五万円の限度で被告永田に負担させるのが相当である。
四 よつて、原告の被告永田に対する本訴請求は、前記二及び三の合計一六八万三六二〇円及びうち一五三万三六二〇円(弁護士費用以外の分)に対する訴状送達の翌日であることが記録上明かな昭和五六年一〇月三日から、うち一五万円に対するこの判決確定の日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
第二被告会社に対する請求について
一 請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する被告会社の責任原因につき検討する。
1 第三者のためにする契約の存否
証人水島恒雄の証言中には、「永田から、被告会社入社の際、通勤途上は会社が全面的に面倒をみるとの契約をしていると聞いた。」旨の証言があるが、同証言のみでは未だ原告主張のような第三者のためにする契約がなされたものと認めるに十分でない。仮に、被告会社において、入社時に従業員との間で右のような約束がなされているとしても、特段の事情のない限り、事故発生前の被害者の何人たるかも不特定な段階でなされる右約は、単に従業員と被告会社との間を規律するものに過ぎず、被害者たる第三者に直接契約上の権利を取得させる趣旨のものではないと解するのが相当であるところ、本件の場合、右特段の事情が存在することをうかがわせる証拠もない。したがつて、原告の第三者のためにする契約がなされたとの主張は採用できない。
2 賠償金支払の約の存否
(一) 証人水島恒雄の証言中には、「事故発生当日、被告会社取締役でかつ被告会社代表者の息子訴外高木英葵が原告の入院している病院を訪れ、原告の娘婿である水島恒雄に対し、休業補償とボーナスの分はなおるまでみますから、心配しないで下さいと述べた。」旨の証言があり、また、証人水島恒雄、同橋本繁雄の各証言及び原告本人尋問の結果中には、「昭和五三年一二月原告が広瀬外科を退院した際、高木が原告に対し、会社の方でちやんとするから、心配しなくてもよいと述べた。」旨の証言及び供述がある。
(二) しかし、(1)証人高木英葵の証言によれば、事故発生当日高木は、永田から事故を起こした旨の連絡を受け、従業員である永田の心の動揺を鎮め、かつ、被害者を見舞うため、原告が事故現場から収容された広瀬外科に駆け付けたものであることが認められ、これに反する証拠はないこと。
(2) 証人水島恒雄の証言によるも、事故発生当日の病院における高木と水島との話の中で、水島が高木に対し被告会社で責任をもつことを要求したり、具体的損害額の話をしたことはなく、会社で面倒をみるとの趣旨の高木の発言も、事故見舞の言葉とともに述べられた程度のものに過ぎないことがうかがえること。
右判示の事情に証人高木英葵の証言を考え合わせると、仮に事故発生当日原告の入院先において水島恒雄の証言するような高木の発言があつたとしても、これをもつて被告会社が本件事故の損害賠償責任を引受けるとの法的意味合をもつてなされたものと解するのは相当でなく、むしろ、高木の右発言は、本件事故の加害者が被告会社従業員であつたことから、その使用者としての立場から被害者に対し謝罪するとともに、事故発生に伴う損害賠償その他の処理については、被告会社も右立場から協力するという程度のものであつたとみるのが相当である。
(三) また、証人水島恒雄、同橋本繁雄の各証言及び原告本人尋問の結果によるも、昭和五三年一二月における「会社の方で面倒を見る」との趣旨の高木の発言も、金額を明示したわけでもなく、被告永田も同席のうえきわめて漠然とした形でなされたという程度のものであつたことがうかがえ、その発言が前項判示の趣旨を超え、法的意味合をもつものであつたと認めるには十分でない。
三 以上判示のとおり、原告が被告会社の本件事故の責任原因として主張する事実は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がないので、原告の被告会社に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
第三結論
よつて、原告の被告永田に対する本訴請求は前記第一の四に判示の限度で理由があるからこれを認容し、被告永田に対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 湯地紘一郎)